特定非営利活動法人 日本補助犬情報センター|身体障害者補助犬に関する情報提供、相談業務を行う学術団体です。

ホーム > 理事通信  > 2017年の記事一覧

理事通信 2017年の記事一覧

第18回「犬と人の関係:ラブラドール・レトリバー」
 2017年12月19日 掲載

理事長 佐鹿 博信 (横浜市立大学医学部 リハビリテーション科 客員教授)

 2017年11月27日の朝日新聞夕刊(総合2面)に、「8000年以上、仲良いワン 飼い犬の壁画、最古か サウジの砂漠」という記事が掲載されていた。岩肌に、狩りの手助けをする犬の絵が狩人と一緒に刻まれ描かれていた。ガゼルやアイベックスなどの動物を追い立てる犬の群れやライオンに立ち向かう犬は、現在の「カナーン・ドッグ」に似た特徴を持ち、少なくとも349匹も描かれていた。犬は「最古の家畜」といわれ、古代から人と暮らしていた事がわかっている(この壁画の英文学術論文は、「Science Direct」で読むことができる)。

 この記事に刺激されて、私は、人と犬の関わりの歴史や補助犬(ラブラドール・レトリバー)生い立ちと特徴を調べた。

  • イヌ
     イヌは、ネコ目(食肉目)-イヌ科-イヌ属(属名;Canis)に分類される。広義の「イヌ」は、イヌ科に属する動物(イエイヌ、オオカミ、コヨーテ、ジャッカル、キツネ、タヌキなど)の総称である。亜種であるイエイヌの学名はCanis lupus familiarisであり、英語名はDogs またはDomestic dogである。イヌ属の血液型は8種類、染色体は78本(常染色体38対、性染色体1対)であり、交配可能である。
     狭義の「イヌ」はイエイヌ(以下、犬と記載)を指し、これが野生化したものを野犬(ヤケン)と呼ぶ。犬は人間が作りだした動物であり、最も古くに家畜化したと考えられる。
     現在、国際畜犬連盟(Fédération Cynologique Internationale: FCI)は331種を公認しているが、非公認犬種を含めると約700から800の犬種がいる。世界全体では4億匹(10億匹ともいわれている)の犬がいると見積もられている。

    ※備考:日本はFCI加盟国のひとつであり、公益法人ジャパンケネルクラブ(JKC)の正式加盟は1979年(昭和54年)である。JKCは、FCIのアジア地区代表メンバーとなっており、すなわち日本がアジア地区における代表国となっている。

  • ヒトの歴史
     ヒト属の最初の種(ホモ・ハビリス)は少なくとも200万年前に東アフリカで進化した。そして比較的短い時間でアフリカ各地に生息するようになった。ホモ・エレクトゥス(原人)は180万年以上前に進化し、150万年前にはユーラシア大陸各地に広がった(第1回目の出アフリカ)。ホモ・サピエンス(新人)がホモ・エレクトゥスの子孫である。現在のホモ・サピエンスは14万年前から20万年前に共通の祖先を持つことがわかり、ホモ・サピエンスは7万前から5万年前にアフリカから外へ移住し始め(第2回目の出アフリカ)、ヨーロッパとアジアに定着し、約15,000年前に北アメリカに達し、約12,000前には南アメリカの南端に達し、既存のヒト属と置き換わった。
  • イヌの歴史
     約6,500万年前に発生した 「ミアキス」 という動物(ネコぐらいの大きさで樹上生活)が、多くの肉食哺乳類の共通の先祖である、一部は草原に進出し、約2,600万年前にイヌ属の先祖の「トマークタス」 という動物が発生した。(森林に残ったミアキスは、その後さらに森林に適応して進化しネコ属の動物達の先祖となった)。
  • イヌとヒトの関わり
     イヌ科の最初の出現地域は北アメリカであり、直接の先祖は、約50万年前に現れたオオカミの原型とするのが最も一般的で有力な説である。オオカミはベーリング海峡を渡り、約15,000年前にはアジアに生息していた(タイリクオオカミ)。オオカミと犬が枝分かれしたのは数万年前である。15,000年以上前に東アジアとヨーロッパで、8,000年前に中央アジアで、ヒトはオオカミを家畜化して、オオカミから犬が別々の地域で分化したと推定されている。
     犬の存在はヒトが世界に広がっていく過程で、大きな力となった。一方、ヒトの移動に伴って犬は世界中に分布を広げた。
  • ラブラドール・レトリバー
     大型犬であり、元来は狩猟犬の一種であるが、現在は家庭犬や身体障害者補助犬や使役犬として、カナダ、イギリス、アメリカなどで登録頭数第1位となっている。

    祖先犬:ラブラドール・レトリバーの血統のもととなった犬種は、16世紀にカナダのニューファンドランド島に入植した人々が飼育していたセント・ジョンズ・レトリバーだった(セント・ジョンズ・レトリバーの祖先犬ははっきりしないが、イングランド、アイルランド、ポルトガルなどで飼育されていた使役犬の雑種犬と推定されている)。セント・ジョンズ・レトリバーは、忠誠心と作業を好む性質を持ち、漁に用いられ、漁船同士の間に漁網を渡す、漁網の牽引、水中にこぼれ落ちたニシンなどを回収させるなどの様々な用途に使役されていた。
     1820年頃に、ニューファンドランド島からイングランドのドーセット州に多くのセント・ジョンズ・レトリバーが持ち込まれ、水鳥猟に適合した狩猟犬として能力が高く評価された。1880年代にマルムズベリー伯家から贈られてバクルー公家の繁殖計画に使われたバクルー・エイヴォンとネッドという犬が、現在のラブラドール・レトリバーの直接の祖先であると考えられている。
    二種類の血統:使役犬や狩猟犬としての能力を重視したアメリカンタイプとドッグショーなどの品評会用に外観を重視したイングリッシュタイプの二種類の異なる血統がある。また、アジアではオーストリアンタイプと呼ばれる系統も存在しており、アジアでの主流である。
    性質/習性/資質:温和、社交的、従順である。好奇心旺盛で冒険的で社交的な犬種である。ボール投げやフリスビーキャッチなどの遊びや競技を好み、敏捷で恐れを知らない性格である(興奮しやすく落ち着きがないという誤った評価をされることもあるので訓練と躾が必要)。嗅覚が鋭く、嗅跡をたどって追跡を続ける忍耐力に優れている(軍用犬・警察犬に使役)。物をくわえることが本能的に好きであり、卵を割らずにくわえて運ぶことができる(水鳥などの獲物を傷つけずに回収する狩猟犬に使役)。非常に落ち着いた性格を持ち、乳幼児や他の動物に対しても友好的である(優れた家庭犬)。無駄吠えが少なく、縄張り意識も見られない。見知らぬ人間に対して鷹揚で友好的な性格である(番犬には不向き)。食欲旺盛(見境なく食べる)であり過食・誤食による肥満や病気に注意が必要である。人の後をついてまわったり目新しい臭いを追跡する習性があるので、飼い主の前から突然姿を消したり、人を警戒しないので盗まれることもある(マイクロチップ埋め込みが適)。
     労働意欲が高く知的な犬種であり、狩猟犬、災害救助犬、水難救助犬、探知犬、身体障害者補助犬、アシスタントドッグなどの役割で使役されている。
     泳ぎが得意で、凍てつく水温下でも長時間泳ぎ続け、嗅覚で水に落ちた獲物の水鳥までたどり着いて咥えて運んでくる(鳥猟犬-水鳥回収の王)。
    毛色の変遷:ブラック(濃淡のない一色)、イエロー(クリームからフォックスレッド)、チョコレート(ブラウンからダークブラウン)の三種類が公認されている。毛色は、三種類の遺伝子によって決定される(B遺伝子、E遺伝子、KB遺伝子)。シルバー(灰色)もあるが、シルバーを発色させる遺伝子は存在しないので、この血統は疑問視されている。
    健康・肥満:寿命は10年から13年で、頑健な犬種である。適切な食餌で飼育されしまった体躯のラブラドール・レトリバーは、無計画な食餌で飼育された犬よりも約2年程度長生きするようだ。
     肥満を防止するための運動量は、毎日2回、少なくとも1回30分程度の散歩が必要であるとされている。
    世界的な普及:2006年時点で、世界で最も飼育頭数が多い犬種である。イギリスとアメリカでは、飼育頭数2位の犬種の2倍以上である。身体障害者補助犬としての登録数は、アメリカやオーストラリアなど多くの国で1位である。

国名 2005年時点での人口(百万人) ラブラドール・レトリバーの登録頭数 人口百万人あたりの
登録頭数
フランス 60.5 9,281 153.4
フィンランド 5.2 2,236 426.0
スウェーデン 9.0 5,158 570.5
イギリス 59.7 18,554 311.0
アメリカ 307.0 10,833 36.3

 

 ラブラドール・レトリバーは、約140年間にわたって人が作り上げてきた犬種であり、人との良好な関係を築いてきた。身体障害者補助犬として最も適した犬種であろう。他の使役犬としても良き家庭犬としても、最も有用な犬種であり続けるであろう。


参考資料:

イヌ-Wikipedia

ラブラドール・レトリバー – Wikipedia

犬はどこから来たか(イヌの起源)

山賀 進:われわれはどこから来て、どこへ行こうとしているのか、そして、われわれは何者か-宇宙・地球・人類-第3部 生命第3章 人類の起源と進化(1)

ヒト – Wikipedia

朝日新聞DIGITAL:8千年以上、仲いいワン 最古の飼い犬の壁画、発見か:

犬の起源に関するわれわれの認識は間違っていたようだ :ギズモード

イヌの起源は中央アジアと 遺伝子調査 – BBCニュース BBC.com

イヌ家畜化の起源は中国、初の全ゲノム比較より – ナショナルジオグラフィック

Guagnina M, Perrib A R, Petragliaa M D.: Pre-Neolithic evidence for dog-assisted hunting strategies in Arabia.

(第18回・理事通信)



第17回「動物とともに生きる~ 災害時の備えについて改めて考える~」
 2017年10月11日 掲載

理事 入交眞巳
 日本ヒルズ・コルゲート(株)プロフェッショナル獣医学術部/どうぶつの総合病院 行動診療科

 ご縁があって、2014年から「災害動物医療研究会」の幹事をさせていただいています。
 もし災害が起きたとき、人の命を助けるのはもちろん最優先ですが、実は動物に関しても考えないと人を助けられない場合があります。例えば畜産農家の方で、動物を置いて人だけ完全に避難することができない場合もあります。いったん避難しても避難所から、危険な可能性がある避難地区へ家畜に餌をあげに毎日通ってみたり、一般の家庭でも犬や猫と一緒に逃げられないなら避難所には行かないと決心して、避難命令が出ているのに、犬や猫とうちに残ってみたり、ペットと車中泊を続けるようなことがあります。このような方のお気持ちは実際に動物の飼育者として痛いほどわかります。

 補助犬と生活を共にし、補助犬に日々支えられている障がい者の方々は、動物が一緒に避難できないのであれば、絶対に避難しないし避難できないとお考えになることが多いかと思います。避難所はもちろん基本的に補助犬を受け入れないということはないのですが、災害時に身体にご不自由のある方が発災時のパニック時に補助犬と一緒に避難するのは非常に大変でしょうし、みんなに余裕がない時ですのでなおさら困難な状況でしょう。

 災害医療研究会では、地域の獣医師会を中心に、人と動物に災害時に何ができるか、混乱しているときに物事をスムーズに進めるための指揮命令系統をどうするか、被災地の外にいる人たちが支援をする場合にどのような支援体制がいいか、受援体制に関しては何がいいかなど「VMAT」の立ち上げとともに勉強会を各地域で行っています。VMATとはVeterinary Medical Assistant Teamの略で、人のDMAT(Disaster Medical Assistant Team, 災害派遣医療チーム)の獣医医療版です。被災動物の救護、獣医療の提供を行うチームとなり、被災地域から派遣要請を受けてチームとして出動していきます。災害時の万が一の体制はちょっとずつ整いつつありますが、動物と暮らす私たち一人一人も万が一に備えた準備は大切だと考えさせられます。

 実は災害動物医療研究会の活動に参加するたびに、自分の状況に反省するばかりです。我が家には犬も猫もいますが、災害時の準備は全く完璧とは言えない状態です。人に至っても同じです。仕事に行っている間などに災害が起きる可能性もあるので万が一私が帰れない時でも犬猫を誰に託すか、家族でどう落ち合うかなど細かい約束事も考えないといけないなと思っています。補助犬と暮らす方も、万が一の場合どこに避難するか、無事な場合にどこに届けるべきか、などぜひ調べて万が一の時に備えていろいろ考え準備いただけるとよいかと思います。また、補助犬と一緒に暮らす方は当センターもですが、地元の自治体、地元の獣医師会にも万が一の時はどこに逃げるのか、どのような計画かお伝えいただくようなこともよいのかもしれません。

(第17回・理事通信)



第16回「障害者の就労支援の現場から」
 2017年8月22日 掲載

理事 釜井 利典 (社会福祉法人 北摂杉の子会 ジョブジョィントおおさか たかつきブランチ 就労支援員)

 普段、障害者の就労支援を行っている立場から、少しお話をさせていただきます。
 少子高齢化などにより労働人口の減少、大手企業への偏重など様々な要因により、労働力を確保できないと悩む企業がある一方で、ノーマライゼーションの意識の広まりもあり、障害者雇用を積極的に推進する企業もあります。
 今年の5月に厚生労働省から、民間企業に義務付けている障害者の法定雇用率を段階的に引き上げていくことが発表されました。障害者法定雇用率が来年の平成30年4月には2.2%に、そして平成33年3月末までには2.3%にまで引き上げられます。また対象障害者に、身体障害者と知的障害者に加え精神障害者も含めることになりました。
 そもそもこの障害者法定雇用率制度とは、障害者がごく普通に地域で暮らし、地域の一員として共に生活できる「共生社会」実現するために、障害者雇用を義務化して就労による障害者の自立を促すねらいがあります。よってすべての事業主には、法定雇用率以上の割合で障害者雇用を義務づけされたものです。
 

事業主区分

法定雇用率

現行

平成30年4月1日以降

一般の民間企業

2.0%

2.2%

国、地方公共団体等

2.3%

2.5%

都道府県等の教育委員会

2.2%

2.4%


 このことから、今まで従業員50人以上の事業主が対象になっておりましたが、45.5人以上の事業主が対象になります。

 厚生労働省が発表している平成28年障害者雇用状況を見ますと、

<民間企業>(法定雇用率2.0%)
 ○ 雇用障害者数、実雇用率ともに過去最高を更新。
  ・ 雇用障害者数は 47万4,374.0 人、対前年4.7%(21,240.5人)増加
  ・ 実雇用率1.92%、対前年比0.04ポイント上昇

 ○ 法定雇用率達成企業の割合は 48.8%(前年比1.6ポイント上昇)
 
 またハローワークを通じた障害者の就職件数は、平成27年度の90,191件から伸び、93,229件(対前年度比3.4%増)となりました。そして就職率も48.6%(同0.4ポイント上昇)と上昇しました。

 更に今年7月厚生労働省の審議会では、全国平均で25円の最低賃金の引き上げて時給848円をする目安が示されました。
 このように年々障害者の雇用は進んでおり、この度の障害者法定雇用率のアップや最低賃金のアップは、就職を目指している障害者の皆さんにとって良い事のように見えます。しかし企業側、事業主にとってはどうでしょう。雇用しなければならない、しかも最低賃金のアップによって、給与は他の従業員とのバランスを考えながらも見直さなければならない。体力のある大手企業は別として、中小企業にとっては大変な事です。その結果おのずと新たに雇用する方々や既に雇用している方々に対する職業能力の要求レベルが、上がってゆくのではないでしょうか?

 これらのニュースを聞いて、障害者の就労支援をしている私は、そう単純には喜べない、むしろ不安を感じてしまうのです。

 日頃から障害者を雇用されている、あるいは雇用を考えている企業の方とお話しさせていただく機会があり、様々な声を聞かせていただいています。

 「雇用したのは良いが、他の社員との給与面や処遇面のバランスで悩んでいる」「キャリアアップをどうしていったら良いのか分らない」「どこまで求めれば良いのか、関わり方に気を使ってしまう」といった既に障害者を雇用されている事業主の声。「雇用したいけど、会社としてどのような対応をしたら良いのか分らない」「我が社の求める人材と出会えない」「長く働いてくれるだろうか心配である」「他の社員と上手くやっていけるだろうか不安がある」
 
 雇用を考えておられる事業主からはそんな声が聞かれます。

 障害者の職場定着の取り組みは、職場や障害の種類によってそれぞれ違います。一律にこうすれば良いというものはありません。雇用前後はもとより1年2年と時を重ねる事で新たな課題が出てくる事も多いものです。ご本人の努力や考え方、気持ちの変化、結婚や親の死去など家庭環境の変化、企業を取り巻く社会経済の変化、経営状態や企業規模の変化など、それは障害者側にも企業側にも現れます。すなわち常に変化するものです。

 さて、障害者の法定雇用率がアップすることで、就職しやすくなる、就職するチャンスが増えると障害者にとって良い面である一方、就労支援者として危惧する事は、企業側はそれに向けた受け入れるためのハード面ソフト面の環境を整える事ができるだろうかという事です。互いの情報不足によるミスマッチが起こってしまい、定着に繋がらないこともあります。

 例えばこんな事例があります。


 知的障害を伴う発達障害の方です。一年毎に契約更新する契社員として働いておられました。ご本人は、頑張って働かないと契約更新してもらえないと思い、日々頑張って仕事をされていました。ところが半年ほど経ってから会社で問題行動が見られるようになりました。ご本人の意識はありません。それは日々エスカレートすることで、遂には契約更新されず解雇になってしまいました。ご本人はなぜだか分りません。「自分は一生懸命頑張ってきた。」とおっしゃいます。実は、「頑張らないといけない」という思いが強く、ご自身の本来持てる力が100とすると、120あるいは130の力を常に出し続けていたというとご理解いただけるでしょうか。そうすると会社では「そんなこともできるのならば、これもやってもらおう」と、会社側の要求レベルが自然と上がって来てしまいます。一方ご本人はしんどさを感じる事ができないタイプの方でした。常に「頑張らないといけない」という思いが頭の中でいっぱいです。更に140、150の力で頑張ります。そしてご本人も気付かない内に、問題行動、例えば独語が出たり高層ビルの中にあるオフィスだったのですが、エレベータに乗ると全ての階のボタンを押してしまうなど、いくつかの問題行動が発生するようになりました。雇用先から連絡を受けた我々は「何があったのだろう。あんなに頑張って仕事をしていたのに」と思いながら、会社の方、ご本人と何度かお話をするうちに、ご本人が持てる力以上に頑張り過ぎてしまったために起きたのだという結論に至り、定着支援の難しさを痛感するケースでした。


 
 企業の採用ニーズは高まり、売り手市場になりつつある障害者雇用。今一度、採用に向けての取り組みを見直してみることや、支援者側も、多面的に企業と障害者を見る(アセスメント)することが必要ではないでしょうか。特にこれから新規に雇用を考えてくださる企業に対しては、十分なサポートを提供できる支援員の質が問われると思います。
 よって障害者の法定雇用率がアップするということは、既に雇用されている企業の抱える悩みに共に考え支える一方で、これから雇用を考えている企業に対して寄り添い共に着実に進めて行くことが、支援に求められているという事を考える今日この頃なのです。

(第16回・理事通信)



第15回「理学・作業療法における動物の可能性~自立手段としての動物の介在~」
 2017年6月21日 掲載

理事 野口 裕美 (四条畷学園大学 リハビリテーション学部 作業療法学専攻・教授)

私の学問へのきっかけ
 動物が好きで、子どもの頃から、家には犬や猫、ニワトリなどさまざまな動物がいました。当時の夢は動物のお医者さんか、日夜一つのことを研究し続ける学者になることでした。大学では、医療分野で活躍できる理学療法を学びました。
 理学療法士としての道を歩み始めましたが、心の片隅にはいつも「動物のお医者さん」への思いが消えませんでした。卒業から8年後、母校の大学で「動物介在療法を研究している作業療法学科の教授がいる」と聞いて、再び母校の門をたたき、作業療法を学ぶことになりました。これがきっかけとなり、動物介在療法や介助犬に関わることになりました。

進路を悩んでいる学生さんへメッセージ
 犬や猫の動物が「人の健康」に良い影響を与えることが報告されています。「動物介在療法」は、動物を介在させて治療する療法のことであり、介助犬は障がい者にとって生きた自助具としての役割を担っています。理学療法や作業療法の手段として動物が医療中で効果を発揮していることをぜひ、知ってほしいと思います。
 動物に興味がある人もヒトに興味がある人も、是非、この両方にかけ橋を持つこの分野で何ができるのかを一緒に考えていきませんか? どんな分野に進もうかな?と迷っている学生さんは多いと思いますが、進んでいけば最後はどこかにちゃんと行きつきます。思いや夢を是非、楽しんで下さい。


ヒトと動物の関係 ちょっと知っておいて下さい! ~ 知識編 ~ 

< 医療現場での人と動物の関わり >
 障がいのある人が、杖や車いす、補聴器などの器具を使って体の機能を補うことは一般的に行われています。そんな補助の1つに、動物を介した方法があります。視覚障がい者には「盲導犬」、肢体不自由者には「介助犬」、聴覚障がい者には「聴導犬」といった手段があります。これらの犬たちは「身体障害者補助犬」と言われています。一方で、医療現場では治療として動物を介入させる方法も行われています。「動物介在療法」と言います。
 医療現場で動物を介入させていく際には一般的なリハビリテーションの流れと同様に医師、リハビリテーション専門職である理学療法士や作業療法士、犬のトレーナや動物のボランティアなどで編成されたチームでの取り組みが重要になります。

< 介助犬の効果 >
 例えば、体の片側が麻痺した人が歩くときには、片側に寄ってしまうなど、歩行パターンに支障が出ます。これを補うために、通常は杖や歩行器など自助具と呼ばれる福祉機器を利用してバランスを取ります。こうした自助具の代わりに、介助犬を利用する方法では、訓練を繰り返す中で犬が利用者の微妙なニュアンスを覚えて、絶妙なところで推進力やブレーキを与え、スムーズな歩行を実現させてくれます。ロボットも進化していますが、介助犬にはロボットや器具では成し得ないことを実現できる可能性があり「生きた自助具」とも言われています。医療現場では介助犬の効果によって、障がいのある人が「次なる一歩」を踏み出すことが期待されています。

< 作業療法士の引き出しに介助犬という選択肢を >
 医療現場で活躍する1人でも多くの作業療法士が、介助犬は杖や歩行器などと同様に、自助具の1つであり、人を身体的に介助できるということを知ることが重要です。そして、リハビリの中で「介助犬という選択肢」があることを当事者に伝えられるようになることが期待されています。
 そのためには、生きた自助具として「犬はどんなことができ、どんな特性があるのか?」「ロボットとの違いは何か?」などの比較研究も必要です。また、犬は生き物なので関係性を築く時間が必要であり、すぐ思ったように動いてくれるわけではありません。しかし、利用者からは「介助犬が行った動作は自分が行っているように感じる」という声も聞かれます。このような介助犬が人に与える効果を科学的に証明しようと、現在では三次元動作分析装置を使用した身体的な効果や、インタビューなどを通じた精神的な効果の研究が進められています。

 (第15回・理事通信)



第14回「補助犬法のお誕生日は?」
 2017年5月17日 掲載

専務理事 兼 事務局長 橋爪 智子

 さて、補助犬法のお誕生日ってご存知ですか?
 今から15年前の2002年5月22日、国会議事堂にて、満場一致で成立したこの身体障害者補助犬法、本当に多くの当事者の悲願の法律でもありました。


 補助犬法ができるまで、盲導犬という言葉はあっても、「アクセス権」はなかったんです・・・
 2002年5月22日に補助犬法が成立するまで、法律に単語として存在したのは、「盲導犬」だけでした。しかも、道路交通法。そこにはこう記されています。

<1978年(昭和53年)道路交通法>
 第十四条 目が見えない者(目が見えない者に準ずる者を含む。以下同じ。)は、道路を通行するときは、政令で定めるつえを携え、又は政令で定める盲導犬を連れていなければならない。

 ようは、道路交通上、安全のために白杖をついて歩くか、盲導犬を連れて歩きなさいということ。その中で、公共交通機関の同伴利用も、施設・店舗等の同伴利用も、全く保障されたものではありませんでした。
 では、その当時の盲導犬ユーザーさん達は、どのように社会参加していたか???
 結局は、社会の好意により、たまたま受入れてもらっていた状況だったのです。ということは、受入れ社会も訓練関係者も、相当な努力と話し合いにより、そして何よりも当事者であるユーザーさん達の努力と働きかけの上での社会参加でした。本当にそれはそれは、計り知れない苦労があったと思います。
 そんな苦労話を、最近のベテランユーザーさん達は、笑顔で語ってくださいます。「昔は、こんなだったよ・・・」と。そして、「今は補助犬法ができたことで、法律の後ろ盾ができ、こんなに心強いことはない・・・」とも話してくださいます。

 補助犬ユーザーをサポートする立場の人間として、その言葉はとてもうれしいとともに、だからこそ『身体障害者補助犬法』自体を、もっともっと日本全国の方々に広げて伝え、真の理解の上の実効性を持たせられるよう、さらにさらに頑張らないと! と心新たにする思いです。

 そんな、関係者の想いが集結するのが、年に2回、5/22の補助犬成立記念日と、10/1の補助犬法施行記念日です。全国各地でイベント等行われると思いますので、皆さん是非とも足を運んでいただき、補助犬について知り、そして補助犬ユーザーさん達の想いに触れてみてください。きっと、新たな気付きを得て、皆さんの翌日からの世界が大きく変わりますよ♪

 毎年5月22日には、当会が事務局を務めます『身体障害者補助犬を推進する議員の会』がシンポジウムを開催いたします。今年は平日の月曜日ではありますが、是非ともご都合調整の上、ご参加くださいませ。全国から補助犬ユーザーさん達もお集まりになられます。今年は『障害理解の最前線』をともに学びます。皆さんの生活の中でも、職場でも、様々な場面で行かせるエッセンスがたくさん得られると思います♪ (第14回・理事通信)

補助犬イベントのお知らせ

画像をクリックすると拡大表示されます

画像をクリックすると拡大表示されます

身体障害者補助犬法成立15周年記念【ほじょ犬の日】啓発シンポジウム2017
  テーマ:障害者理解の最前線 ~障害の社会モデルを知る~
  開催日:2017年5月22日(月)
  会 場:衆議院議員第一会館・国際会議室
  備 考:参加無料・手話通訳あり・要約筆記あり

第1部 10時30分~12時00分
 基調講演&ワークショップ(仮)
 星加良司(東京大学大学院教育学研究科付属バリアフリー教育開発研究センター・専任講師)

第2部 13時30分~15時00分
「補助犬同伴の社会参加について~相互理解の観点から~」(仮)
パネルディスカッション

※第176回「ほじょ犬」ってなぁに?けあサポブログ より



第13回「補助犬と啓発活動」
 2017年2月20日 掲載

副理事長 木村佳友(日本介助犬使用者の会・会長、関西学院大学・非常勤講師)

 私たち補助犬関係者の努力が足りないのかもしれませんが、身体障害者補助犬法(以後、補助犬法)の認知度は、法律の成立から15年が経った今も低いままです。
 盲導犬を知らない人はいませんが、介助犬や聴導犬を知っている人は30%程度、補助犬法の名称も内容も知っている人となると数%という調査結果もあります。
 そのため、障害者が補助犬同伴で初めての施設を利用する際には、高い確率で補助犬法の説明や交渉が必要になります。同伴を拒否されても「法律で、補助犬の受入が義務化されていること」を説明して受け入れられれば良いのですが、いくら説明しても同伴を拒否されることもあります。これでは、障害者が補助犬との外出を躊躇しかねず、障害者の社会参加を支援するはずの補助犬が、社会参加を妨げる原因となってしまいます。

「ようこそ補助犬」シール 同伴拒否を解消するため、厚生労働省や補助犬関連団体などでは、ウェブサイトでの広報だけでなく、啓発イベントの開催、啓発用リーフレット・シールの作成・配付を行なっており、政府インターネットテレビには、啓発ビデオの動画も公開されています。当会でも、情報提供や相談対応のほか、啓発セミナーの開催、啓発用DVD・シールの配布を行っていますが、普及啓発の難しさを実感しています。

※毎日新聞大阪社会事業団・シンシア基金の助成で制作した「補助犬シール」や24時間テレビチャリティー委員会で制作した「補助犬啓発DVD・クイズブック」は、当会の【ウェブサイト】から請求できますので、是非ご活用ください。DVDの動画を視聴することもできます。



小学校での講演

小学校での講演

 私自身も、補助犬の普及・啓発のために講演活動を行っています。介助犬との生活を始めてから21年になり、講演やシンポジウムなどで介助犬の話しをした回数は約630回、聴講して下さった方の延べ人数は10万人を超えました。
 私の講演対象の内訳を下表に示しましたが、学校での講演、企業や団体の職員研修、一般の講演会など、広い世代の方に聴講して頂いています。
 補助犬の同伴拒否をなくすためには、すべての世代の皆さんに補助犬法を正しく理解していただく必要がありますが、今回は学校での講演についてお話ししたいと思います。

 学校では、道徳や総合的な学習の授業で、講演を依頼されることが多いです。
 小学校ではあまり難しい話はできないのですが、後日送って下さる感想文には、

  • 車いすの生活の大変さが分かった。
  • 介助犬が、体の不自由な人の役に立っていることがよく分かった。
  • 障害のある人が困っているところを見かけたら、声をかけてお手伝いしたい。
  • 介助犬が楽しんで仕事をしていることがわかった。
  • 介助犬を勝手に触っていけないことがわかった。
  • シンシアの本を、図書館で借りて来た。
  • お父さんやお母さんに教えてあげた。

などと書かれていて、小学生なりにきちんと理解してくれています。

 ある時、JRの窓口で新幹線のチケットを購入する際に、次のようなことがありました。
 普段は、介助犬のことを伝えても、事務的に対応される方がほとんどなのですが、その方は笑顔でとても優しい対応でした。話しを聞くと、小学生の時に、私とシンシアの講演を聞いてくれており、私が「大人になって、働いているお店に介助犬を連れた方が来られたときには、同伴拒否などせずに、優しく受け入れてくださいね」と言ったのを憶えてくれていたそうです。
 レストランや病院などでも同じような経験をしましたし、新聞やテレビの取材でお会いした記者さんやアナウンサーさんから「子どもの頃にシンシアちゃんの講演を聞きました。ずっと介助犬の取材をしたいと思っていました」と言われたこともあります。
 子どもの頃に、補助犬について学んだり、補助犬と触れ合った経験のある人は、相手の気持ちを優しく受け入れる姿勢が自然に身につくように思います。

 子どもの頃に学ぶべきことは、補助犬だけでなく他にもたくさんありますが、補助犬は子どもたちが関心を持ちやすく、福祉や障害者の理解にもつながると思います。
 身体障害者補助犬を推進する議員の会や文部科学省には、学校での障害者への理解を深める「心のバリアフリー」を充実させるなかで、学習指導要項へ補助犬に関する内容を盛り込むことをお願いしています。 (第13回・理事通信)

表.講演対象の内訳 ※1996年~2017年01月
講演対象 小学校 中学校 高等学校 大学
専門学校
企業等の
研修など
百貨店等
での
イベント
一般講演
福祉フェア
その他
合計
回数 92回 26回 38回 49回 43回 23回 362回 633回
延べ人数
(概算)
30,700
12,600
10,300
6,900
5,200
3,200
36,300
105,300


第12回「補助犬ユーザーのフィットネス向上と大切な補助犬への動物リハビリテーション」
 2017年1月24日 掲載

理事長 佐鹿 博信 (横浜市立大学医学部 名誉教授)

 フィットネスとは、人が中等度レベル以上の身体活動を著しい疲労がなく遂行できる能力のことです。中等度レベルの身体活動とは、座位中心の仕事だが、職場内での歩行移動、立位での作業や接客など、あるいは通勤・買物・家事の活動、軽いスポーツ等のいずれかを含む場合を示します。一方、低いレベルの身体活動とは、車椅子の障害者など、生活の大部分が座位で静的な活動である場合です。反対に高いレベルの身体活動とは、歩行移動や立位の多い仕事、あるいは、スポーツなどの活発な運動を行っている場合を示します。

 スポーツなどの身体運動は、身体に好ましい影響をもたらし、生活の質(QOL)を向上させることがよく知られています。運動が身体に好ましい影響をもたらす機序として、フィットネスが向上し、活動した骨格筋からマイオカイン(Myokine;IL-6など)という生理活性物質が分泌されることが関与しています。Myokine(IL-6)は抗炎症作用を有しており、脂肪の分解やインスリン抵抗性の抑制や免疫機能の強化などにより生活習慣病を改善するという働きをしています。

 フィットネスの構成因子として、循環呼吸器系フィットネス、体組成、筋力と筋持久力、柔軟性などがあります。障害者のリハビリテーションは生活機能の改善を目指しますが、そのためにはフィットネスの獲得とその向上が課題になります。フィットネスの中でも、特に、有酸素運動を行う事により、循環呼吸器系フィットネスが増強されます。これは、動作の安定感の維持や転倒防止、体幹や関節の柔軟性維持につながり、さらに、体脂肪の減少、肥満の予防、耐糖能の改善・インスリン抵抗性の改善・血圧の低下・HDL-コレステロール増加などの糖脂質代謝の改善などをもたらします。そして、QOLの改善と免疫機能の強化にもなります。

 しかし、障害のある人は、障害者スポーツに取り組まない限り、中等度レベル以下の身体活動で毎日を過ごしていることになります。特に、車椅子を使用して日常生活や社会参加をしている障害者は低いレベルの身体活動で毎日を過ごさざるを得ません。スポーツ活動を全く行っていない車椅子の脊髄損傷者(両下肢麻痺)の最大酸素摂取量(運動耐久性の指標)は、21.8±5.5(ml/kg/分)であり、30歳代の健常者の約50%のレベルにすぎず、障害のない70歳代女性と同等のレベルです。脊髄損傷者では、両上肢に十分な強度の運動(最大酸素摂取量の60%の強度で20分間)を行うと両上肢筋からMyokineが分泌されますが、頚髄損傷者(四肢麻痺)では、Myokineが分泌されません。

 「生活機能(QOL)の改善のみならず生命の見通し(予後)の延長」を達成するためには、運動の強度・時間と内容が適切でなければなりません。米国心臓病協会による脳梗塞の再発予防のためのガイドラインは「中等度の運動を毎日少なくとも30分間」を推奨しています。また、1日当たり300kcalのエネルギー消費の運動習慣が大切であり、これは1日当たり1万歩の歩行運動に相当します。

 残念ながら、犬については、生活機能の維持向上を達成するための運動の強度・時間が分かっていません。それでも、犬のフィットネスや犬の福祉としてドッグランや動物リハビリテーションが推奨されています。

 補助犬を使用して社会参加を達成している障害者が、フィットネスを達成し、生活機能と生命予後を向上させていくためには、生活や社会参加活動の中で、毎日約300kcalの身体運動がなされるのが理想的です。Myokineが分泌されるほどの運動強度の骨格筋活動がなされるような日常の生活活動が大切です。しかし、そのような都合の良い生活活動は実際には存在しないと考えた方が良いでしょう。補助犬もその使用者のペースで活動しますから、犬としての福祉に達していないレベルの運動強度で毎日を過ごしていることになります。つまり、補助犬の使用者と補助犬には、フィットネスの維持向上のために、特別な運動メニューが必要です。補助犬使用者は障害者スポーツ、補助犬はドッグランや動物リハビリテーションなどのメニューが必要と考えます。特に、補助犬に対しては、ドッグランなどの動物リハビリテーション施設の整備と費用負担に対する公的支援が必要だと考えます。 (第12回・理事通信)