理事長 佐鹿 博信 (横浜市立大学医学部 リハビリテーション科 客員教授)
2017年11月27日の朝日新聞夕刊(総合2面)に、「8000年以上、仲良いワン 飼い犬の壁画、最古か サウジの砂漠」という記事が掲載されていた。岩肌に、狩りの手助けをする犬の絵が狩人と一緒に刻まれ描かれていた。ガゼルやアイベックスなどの動物を追い立てる犬の群れやライオンに立ち向かう犬は、現在の「カナーン・ドッグ」に似た特徴を持ち、少なくとも349匹も描かれていた。犬は「最古の家畜」といわれ、古代から人と暮らしていた事がわかっている(この壁画の英文学術論文は、「Science Direct」で読むことができる)。
この記事に刺激されて、私は、人と犬の関わりの歴史や補助犬(ラブラドール・レトリバー)生い立ちと特徴を調べた。
- イヌ
イヌは、ネコ目(食肉目)-イヌ科-イヌ属(属名;Canis)に分類される。広義の「イヌ」は、イヌ科に属する動物(イエイヌ、オオカミ、コヨーテ、ジャッカル、キツネ、タヌキなど)の総称である。亜種であるイエイヌの学名はCanis lupus familiarisであり、英語名はDogs またはDomestic dogである。イヌ属の血液型は8種類、染色体は78本(常染色体38対、性染色体1対)であり、交配可能である。
狭義の「イヌ」はイエイヌ(以下、犬と記載)を指し、これが野生化したものを野犬(ヤケン)と呼ぶ。犬は人間が作りだした動物であり、最も古くに家畜化したと考えられる。
現在、国際畜犬連盟(Fédération Cynologique Internationale: FCI)は331種を公認しているが、非公認犬種を含めると約700から800の犬種がいる。世界全体では4億匹(10億匹ともいわれている)の犬がいると見積もられている。
※備考:日本はFCI加盟国のひとつであり、公益法人ジャパンケネルクラブ(JKC)の正式加盟は1979年(昭和54年)である。JKCは、FCIのアジア地区代表メンバーとなっており、すなわち日本がアジア地区における代表国となっている。
- ヒトの歴史
ヒト属の最初の種(ホモ・ハビリス)は少なくとも200万年前に東アフリカで進化した。そして比較的短い時間でアフリカ各地に生息するようになった。ホモ・エレクトゥス(原人)は180万年以上前に進化し、150万年前にはユーラシア大陸各地に広がった(第1回目の出アフリカ)。ホモ・サピエンス(新人)がホモ・エレクトゥスの子孫である。現在のホモ・サピエンスは14万年前から20万年前に共通の祖先を持つことがわかり、ホモ・サピエンスは7万前から5万年前にアフリカから外へ移住し始め(第2回目の出アフリカ)、ヨーロッパとアジアに定着し、約15,000年前に北アメリカに達し、約12,000前には南アメリカの南端に達し、既存のヒト属と置き換わった。
- イヌの歴史
約6,500万年前に発生した 「ミアキス」 という動物(ネコぐらいの大きさで樹上生活)が、多くの肉食哺乳類の共通の先祖である、一部は草原に進出し、約2,600万年前にイヌ属の先祖の「トマークタス」 という動物が発生した。(森林に残ったミアキスは、その後さらに森林に適応して進化しネコ属の動物達の先祖となった)。
- イヌとヒトの関わり
イヌ科の最初の出現地域は北アメリカであり、直接の先祖は、約50万年前に現れたオオカミの原型とするのが最も一般的で有力な説である。オオカミはベーリング海峡を渡り、約15,000年前にはアジアに生息していた(タイリクオオカミ)。オオカミと犬が枝分かれしたのは数万年前である。15,000年以上前に東アジアとヨーロッパで、8,000年前に中央アジアで、ヒトはオオカミを家畜化して、オオカミから犬が別々の地域で分化したと推定されている。
犬の存在はヒトが世界に広がっていく過程で、大きな力となった。一方、ヒトの移動に伴って犬は世界中に分布を広げた。
- ラブラドール・レトリバー
大型犬であり、元来は狩猟犬の一種であるが、現在は家庭犬や身体障害者補助犬や使役犬として、カナダ、イギリス、アメリカなどで登録頭数第1位となっている。
祖先犬:ラブラドール・レトリバーの血統のもととなった犬種は、16世紀にカナダのニューファンドランド島に入植した人々が飼育していたセント・ジョンズ・レトリバーだった(セント・ジョンズ・レトリバーの祖先犬ははっきりしないが、イングランド、アイルランド、ポルトガルなどで飼育されていた使役犬の雑種犬と推定されている)。セント・ジョンズ・レトリバーは、忠誠心と作業を好む性質を持ち、漁に用いられ、漁船同士の間に漁網を渡す、漁網の牽引、水中にこぼれ落ちたニシンなどを回収させるなどの様々な用途に使役されていた。
1820年頃に、ニューファンドランド島からイングランドのドーセット州に多くのセント・ジョンズ・レトリバーが持ち込まれ、水鳥猟に適合した狩猟犬として能力が高く評価された。1880年代にマルムズベリー伯家から贈られてバクルー公家の繁殖計画に使われたバクルー・エイヴォンとネッドという犬が、現在のラブラドール・レトリバーの直接の祖先であると考えられている。
二種類の血統:使役犬や狩猟犬としての能力を重視したアメリカンタイプとドッグショーなどの品評会用に外観を重視したイングリッシュタイプの二種類の異なる血統がある。また、アジアではオーストリアンタイプと呼ばれる系統も存在しており、アジアでの主流である。
性質/習性/資質:温和、社交的、従順である。好奇心旺盛で冒険的で社交的な犬種である。ボール投げやフリスビーキャッチなどの遊びや競技を好み、敏捷で恐れを知らない性格である(興奮しやすく落ち着きがないという誤った評価をされることもあるので訓練と躾が必要)。嗅覚が鋭く、嗅跡をたどって追跡を続ける忍耐力に優れている(軍用犬・警察犬に使役)。物をくわえることが本能的に好きであり、卵を割らずにくわえて運ぶことができる(水鳥などの獲物を傷つけずに回収する狩猟犬に使役)。非常に落ち着いた性格を持ち、乳幼児や他の動物に対しても友好的である(優れた家庭犬)。無駄吠えが少なく、縄張り意識も見られない。見知らぬ人間に対して鷹揚で友好的な性格である(番犬には不向き)。食欲旺盛(見境なく食べる)であり過食・誤食による肥満や病気に注意が必要である。人の後をついてまわったり目新しい臭いを追跡する習性があるので、飼い主の前から突然姿を消したり、人を警戒しないので盗まれることもある(マイクロチップ埋め込みが適)。
労働意欲が高く知的な犬種であり、狩猟犬、災害救助犬、水難救助犬、探知犬、身体障害者補助犬、アシスタントドッグなどの役割で使役されている。
泳ぎが得意で、凍てつく水温下でも長時間泳ぎ続け、嗅覚で水に落ちた獲物の水鳥までたどり着いて咥えて運んでくる(鳥猟犬-水鳥回収の王)。
毛色の変遷:ブラック(濃淡のない一色)、イエロー(クリームからフォックスレッド)、チョコレート(ブラウンからダークブラウン)の三種類が公認されている。毛色は、三種類の遺伝子によって決定される(B遺伝子、E遺伝子、KB遺伝子)。シルバー(灰色)もあるが、シルバーを発色させる遺伝子は存在しないので、この血統は疑問視されている。
健康・肥満:寿命は10年から13年で、頑健な犬種である。適切な食餌で飼育されしまった体躯のラブラドール・レトリバーは、無計画な食餌で飼育された犬よりも約2年程度長生きするようだ。
肥満を防止するための運動量は、毎日2回、少なくとも1回30分程度の散歩が必要であるとされている。
世界的な普及:2006年時点で、世界で最も飼育頭数が多い犬種である。イギリスとアメリカでは、飼育頭数2位の犬種の2倍以上である。身体障害者補助犬としての登録数は、アメリカやオーストラリアなど多くの国で1位である。
国名 |
2005年時点での人口(百万人) |
ラブラドール・レトリバーの登録頭数 |
人口百万人あたりの
登録頭数 |
フランス |
60.5 |
9,281 |
153.4 |
フィンランド |
5.2 |
2,236 |
426.0 |
スウェーデン |
9.0 |
5,158 |
570.5 |
イギリス |
59.7 |
18,554 |
311.0 |
アメリカ |
307.0 |
10,833 |
36.3 |
ラブラドール・レトリバーは、約140年間にわたって人が作り上げてきた犬種であり、人との良好な関係を築いてきた。身体障害者補助犬として最も適した犬種であろう。他の使役犬としても良き家庭犬としても、最も有用な犬種であり続けるであろう。
参考資料:
(第18回・理事通信)